投手ならインナーマッスルという言葉は聞いたことがあるでしょう。
初めて知った!という人は良い機会です。必ずと言っていいほど役立つ知識ですので、覚えてみてください。
実体験から。
中学時代に二重回旋理論(ダブルスピン)に出会い、憧れのジャイロボールを身に付けた頃の話です。
部活で50球、家に帰る途中、橋げたで壁当て300球の投げ込みをしていました。
今考えると「ええええええ」って感じなのですが、日々肩に負荷をかけていました。
その後インナーマッスルのトレーニングも行い、シャドーピッチングを鏡の前で100回。
どう考えても過負荷です。それをほぼ毎日。
「栄養取ってれば大丈夫!」などという安易な考えでした。
一日に5000キロカロリー以上。朝、練習後、寝る前の3回のプロテイン。
アスリート気分でした。(食事についてはいつか書きたいと思っています。)
一枚一枚薄い膜を貼るように筋肉がつき、投球のパフォーマンスは上がりません。
・・・「上がりません」
徐々に肩に違和感を感じ始め、ついには投球時に痛みを感じるようになりました。
痛みを感じてから、スポーツ障害治療に定評があった接骨院に行きました。
そこでエコー(お腹の中の赤ん坊を見るあれ)で肩のインナーマッスルを見てみると、素人が見ても影がある。それもいっぱい。
診断結果は、「ローテーターカフ(次の記事で説明します)の炎症。部位によっては裂け目が生じている。要するに投げすぎ、酷使しすぎ。裂け目は他の部位の炎症に比べ古い。」
といったものでした。
かなり酷かったみたいです。今まで投げることができていたのが信じられないと言われたほどです。
当時中学2年生の秋。痛みが取れ、あらかた治療が完了したのは高校2年生でした。
まぁこの時点で僕の中学野球はほぼ幕を閉じたわけです。外野にコンバートされるもレギュラーはおろか、ユニフォームすらもらえませんでした。
球速を計測したところ、
当時MAX118km/h
完治(?)後MAX132km/h(138km/hという数字が出たこともあるのですが、確実に機械の間違い)
何故か伸びていました。その間インナーマッスルのトレーニングだけはしていましたが、リハビリ程度のものでした。
まぁ今はその後の相次ぐ故障とブランクで平均120ちょっとが関の山なんですが・・・。
実質のブランクは1年半。何故球速が伸びたのでしょうか。
いやまぁ治ったからなんですけど・・・。
・中学時代のトレーニングは効果があった。
・ローテーターカフ全体に炎症が起こっていたということは、局所的に負荷をかけることのない、正しいフォームで投球を行っていた。
僕自身はそのように考えています。
単純に野球肩が治ったから、という理由かもしれませんが、14km/hの伸びの理由には弱いように思います。
つまり、やり過ぎなければ伸びる要素があるトレーニング方法だったと考えられるわけです。
今考えると、非常に有効なトレーニングだったと感じているのも事実です。
そのトレーニングについて、ローテターカフについて、インナーマッスルについてを次回更新時に考察します。
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